展示とコロナ 2021

2021年12月24日 05:27 下道 基行 */?>

丸亀での展示がようやくスタートした。
コロナで延期に延期になっていたが、久しぶりにオンラインではなく1週間展示空間と向き合い仕上げた。今回は旅ラボでの参加なので個人作品ではないが、実験的な空間づくりになったと思う。この内容についてはまたもう少し落ち着いたらここに書きたい。

しかしもう師走。直島の生活も、もうすぐ2年。
今年2021年は基本的に、コロナであり、移動も大きく制限されていた。直島の資料館で日々のルーティーンを過ごしながら、子育て、さらに資料館で「窯工研」や「島研」などの島での島民との活動にも力を入れていた。これは、コロナで外からたくさんの観光客が来ないうちに、地元の島民同士との関係を作りながら楽しんでしまおう(忙しいとそうはいかない)と思ったからなのだが、結局は島での日常に加え、今まで通り活発に展覧会などの活動も行なっていたので混乱。さらに、様々な面で相談相手だった妻が島の役場での激務で、相談できる相手が全くいない中の孤独な戦いの日々。(島には愚痴を言う人も場所もないのは本当に参った。)とにかく、新しい制作生活スタイルに翻弄され続けた1年。
愛知に住んでいるときもそれ以前も、住む場所は”寄港地”のような場所であり、そこでの日常は次への準備のための補給である感覚が強かったが、直島での生活は子供という存在を中心とした日常のルーティーン(子育てを生活の中心にしたいと自分が考えたのだが)、これはある意味で初めての”定住”を意味した。それはコロナの世界を生き抜く方法としては偶然マッチしていたが、予想に反して展覧会などの仕事がこれまでと変化なく(さらにオンラインという慣れない方法も加わりながら)押し寄せたのでかなり激務となった。
まぁ、コロナによって翻弄される1年だった。
活動とコロナの関係を意識しながら、今年を振り返り書き残そうと思う。

(「忙しさ自慢」とかでは全然ないので、そういう目で見てしまう人は見ない方が良いだろう。)


【1月】

・展示『下道館長の自己紹介展』(瀬戸内「 」資料館)
島の閑散期1月に直島で島民向けに企画した展示。少し下道の作品を紹介し、地元の方に資料館の活動を理解してもらい、今後の協力のためにと。瀬戸内「 」資料館では1年に1本の企画ではなく、1年に2本企画展をしたいと思っていたし、島民の理解のためと思い、強引にやってみたが、自らの作品に対して中途半端な見せ方をしたことを大いに悔いる結果に。あと、自分で自分の作品を説明することにあまりにも疲れ果てた。逆説的に勉強になったということかもしれない。

・展示『次元の衝突点』(The 5th Floor)
東京の若いキュレーターのグループによって運営されるギャラリーでのグループ展。東京なので完全にオンラインでのミーティングと設営で行い、一度も現場を見ることはなく終了。空間が広くないこともあるし、担当者がとても繊細に状況などを共有してくれたこともあり順調に展示することができた。

・展示『コレクション展』(愛知県美術館)
新しく若手の作品を収蔵し開催されたコレクション展に参加。コロナの中、若手の作家を支援する意味もある活動。担当の学芸員さんと綿密に内容を詰めて粛々と進めてきた。デビュー作「戦争のかたち」をシリーズ作品として収蔵するために、地元の職人と額を考えて作って、良い出来栄え。さらに、愛知で始まったシリーズ「14歳と世界と境」の新聞を収蔵されたのはとても嬉しい出来事だった。この時期に収蔵された若い作品たちはこの美術館の中でどのように残され活用されていくのか。

・展示『境界のかたち』(おおぶ文化交流の社)
愛知県大府市の図書館で「14歳と世界と境」のアーカイブ展示を行う。新聞コーナーの近くで行ったので、結構たくさんの方が読んでくれていたみたい。愛知県美でのコレクション展では一部の新聞のみの展示であったが、ここでは全ての新聞のアーカイブを展示。香港の大館美術館以来にこのシリーズを整理し全貌を把握する機会になった。2013年、「14歳と世界と境」はこの大府の中学校から始まったので、その時の生徒にインタビューをしたいと中学校と交渉したがかなわなかった。ただ、当時の美術教師が校長先生になっていて、トークイベントに来てくれて、当時のことを好意的に覚えてくれていて感動。いつか、「14歳と世界と境」に参加してくれた生徒に感想を聞きに行きたい。

・芸大での卒業制作展の講評会
卒業する生徒からゲスト講評を依頼されて、気合いを入れていたが、コロナの状況があまりに最悪でオンラインに、しかし直接作品を見れないと全力が出せないので、断ることにする。熱い気持ちに応えたかったので残念。

・窯工部スタート
直島で陶芸の研究会をなっちゃんとスタート。


【3月】

・展示『信仰を支える地域の文化』(国立民族学博物館9
吉田館長のお誘いを受け、みんぱくでの震災から10年の企画展に参加。「津波石」を展示。みんぱくと現代美術の関係は2005年のブリコラージュ展以降、大きくは停止しているように感じていたし、川瀬さんと一緒に新しい風を吹かせてみたいと考えていたが、人類学と現代美術の展示が博物館で行われたことに静かに感動した。ただ、コロナが流行しすぎて、ほぼ開くことなく展示が終了した。

・展示『TCAA』(東京都現代美術館)
都現美のワンフロアを風間さんと二人で分け合い個展を自分で作った。TOCASはかつてのTWSでもあるので、懐かしい顔ぶれに助けられる。TOCASは都現美の空間が主戦場のキュレーターではないということもあって、巨大な空間と向き合い責任を取れるのは自分しかいなく、孤独に空間と向き合う時間。小さな自分の作品と巨大な空間。自分の作品は巨大ではないので、変な水増しはしないように細心の注意を払い、逆に照明にこだわることで空間を作り上げた。それは小さな自信になった。コロナは収まっていない時期だったので、展示からの帰りはPCR検査を受けてから島へと帰った。

・『TCAA』カタログとしての作品集出版
『TCAA』展覧会とと共に、昨年からずーっとプレッシャーを感じていた自分の作品集の制作。1作品ではなく、今までの作品をまとめる本。デザイナーは日本館で一緒に仕事をした田中義久さん、さらに編集は柴原さんに入ってもらい心強い。文章は神谷さんとドリューンが書いてくれた。素晴らしい出来になった。2百部くらいが手元に届いたが、販売ができない。下道作品の感想をメールで書いてくれた人に送料のみで送ってあげることをtwitterで発表したら、毎日”ほめの布団”で眠れる日々。新しい体験。


【4月】

・展示『compassionate Grounds』オーストラリア
震災から10年の展示。オーストラリアのメルボルンとブリスベンを巡回。「津波石」を出品。キュレーターは丁寧に進めてくれたが、コロナで空間も見れないし展示がどのような音や空間の環境に置かれているか、自分ではどうすることもできないもどかしさが募る。

・展示『日常のあわい』(金沢21世紀美術館)
シリーズ「ははのふた」を21美の1空間で大々的に見せる初めての機会に。かなりシンプルな空間構成にしたが、成功だったと思う。担当キュレーター二人は以前、一緒に仕事をしたことがあり、心強かった。中学校でワークショップを行なったが、コロナの中で閉塞感のある生徒たちは楽しんでいたように感じた。WSの時期に、美術館から近い海でサーフィンができたのは精神衛生上とても良かった。展覧会がコロナで期間中にかなり閉鎖になってそのまま終わってしまったことは大変に残念だった。


【8月】

・展示『瀬戸内「カラミ造景」資料館』(瀬戸内「 」資料館)
直島での資料館での企画展の第3弾。この春は時間を作って、久しぶりに東北にフィールドワークを行なった。コミッションワークとして、このレベルのリサーチを行い新作を作ったのは、初めてに近い経験だった。このコロナの中で、田舎の山奥を車で旅をしながら、孤独に思考と発見を形へと持っていったのは静かで楽しい経験でもあった。直島の主要産業である三菱を新しい角度で描く、それを島民の雄大くんとアンドリューと実践し、話し合いながら「直島の新しい地図」として形になったのも大きい。秋田から珍品も借りてきたり、展示は結構好評で延長して開かれた。犬島と直島をカラミでつなぐ新しいツアーも考えたり、色々と新しい”協働”や”コラボレーション”が生まれた。

【9月】

・「しまけん」スタート
直島で自らの私塾を始める。生徒は小学3年生ー5年生。三人。

・『瀬戸内「カラミ造景」資料館』インスタライブ
コロナによって、観光客が外から来れなくなった直島から財団スタッフとともにインスタライブで展覧会とトークイベントを開催。

・ようこそ先輩
直島の小学校で授業。全校生徒に存在を知られてしまう。


【10月】

・展示『ビエンナーレ・ジョグジャ』
インドネシアのビエンナーレに参加。と言っても、3ヶ月前くらいにメッセンジャーで以来が突然きて、「津波石」の出品依頼。「津波石」の作品をphotoと言っていたので、内容も理解してくれているか心配ではあったし、オンラインでの設営でさらに海外、さらにアジア。予想通りで、ざっくりとしていて、どのように展示されたのかもよく把握されないまま、展示はスタート。こういうことがコロナでは起きてしまう。自分の作品のクオリティを責任持って展示できない。そのことは予想していたのに参加した理由は、今後、インドネシアに取材に行ったり滞在する時の関係づくりのためでもあったし、そういう布石だと思う。しかし今後、コロナが落ち着いても、予算削減もできるし、展覧会でこのようなオンラインのみで設営をする依頼は消えないだろうし、作品によっては断る勇気が必要だろう。

・展示『コレクション展・絶対現在』(豊田市美術館)
『ビエンナーレ・ジョグジャ』のように、今年は、コロナの中で、自分で設営できず作品を出品しているケースに悩まされている日々だが、自分の手を介さないという意味では、収蔵された作品が展示される場合も同じだということを気付かされる。実際に展示された後に展示されていることを知り、見に行ったが。この展示では、とても丁寧に展示されていて、「本当の意味で作品が自分の手から離れて、生きている様子」を見れて幸福な体験であった。

【11月】

・展示『石に耳を澄ます』(ドレスデン美術館)
来年度開催予定のドイツでの展示が急遽、予定が早まって11月に。今年は「津波石」の出品依頼が多くて、とても嬉しい。ただ、展示現場も見れない、他の作品との関係も見れない中で、オンラインで展示を作ることにもうそろそろ苛立ちを感じていた。キュレーターは親身になって一緒に考えてくれたし、最善を尽くしてくれた。しかし、展示の状況も見れないのは辛い。

【12月】

・展示『丸亀での現在』(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)
この展示は、コロナで延期が続いたし、同年代の作家が集まったこともあって、コロナの中でグループ展は何ができるかをかなり話し合いながら展示を進めてきた。紆余曲折ありながら、最終的には”普通のグループ展”になったが、「コロナによって翻弄された」これまでの展示とは違い、意識的にコロナを意識しながら作り上げた展示になっている。受動的ではなく能動的。ナデガタのように直接コロナを”ネタ”にしたのはわかりやすいが、そうはない2組もコロナを経験した上で生まれてきた新作になっている。そう言う意味では、僕の中では意味は大きい。